前回の編集後記にて、仙台地方裁判所が、自動車学校の生徒や従業員の方々が東日本大震災における津波に被災し亡くなられた件について、学校側に総額約19億円の損害賠償を命じたことに触れました。学校側がこれを不服として控訴すれば、仙台高等裁判所にて手続が継続することになります。
その一方で、少し遡りますが、私立幼稚園の園バスが同じく津波に被災し園児の方5名が亡くなられた件(うち4名のご遺族が提訴)については、平成26年12月3日に仙台高等裁判所にて裁判上の和解が成立し、手続が終了しました。
この裁判で、地方裁判所は幼稚園側に総額1億7700万円の賠償を命じていました。高等裁判所も同じく幼稚園側に損害賠償責任を認める見通しだったようです。
しかし、ご遺族の方々は判決ではなくあえて和解に踏み切られました。
なぜ、あえて和解に踏み切られたのか。その理由は、異例ではありますが和解条項に付された前文からみてとることができます。
和解に付された前文
この和解には、次を要旨とする「前文」が付されました。前述のとおり、和解に前文を付することは異例です。
当裁判所は、これまでの審理により、私立幼稚園側が被災園児らの死亡について、地裁判決で認められた内容の法的責任を負うことは免れ難いと考えるとともに、被災園児らの尊い命が失われ、両親や家族に筆舌に尽くし難い深い悲しみを与えたことに思いをいたし、この重大な結果を風化させてはならず、今後このような悲劇が二度と繰り返されることのないよう、被災園児らの犠牲が教訓として長く記憶にとどめられ、後世の防災対策に活かされるべきだと考える。
この前文に続き、幼稚園側が謝罪する条項が続きます。
1 幼稚園側は、一審判決で認められた法的責任を認めるともに、被災園児らと家族に対し、心から謝罪する。
なお、合意された賠償額は、総額6000万円でした。地裁にて認められた1億7700万円に比べて低額です。
和解に踏み切られた理由
判決では、法的責任の有無やこれに伴い支払うべき金額にしか触れません。一方当事者の謝罪や、未来に向けたメッセージが記されることはありません。
ですから、ご遺族の方々が和解に踏み切られた大きな理由は、あえて和解に踏み切られることで幼稚園側が法的責任を認め謝罪する場を設けるとともに、前文を付して未来に向けたメッセージを発することにあったと考えられます。
前文をもう一度見てみましょう。
まず、高等裁判所は、園児の方々が亡くなられたことについて、幼稚園側に法的責任があると認めます(前文の1行目~2行目)。
裁判上の和解は、法的責任に言及することなく紛争の解決を図ることに主眼を置くものですから、一方の法的責任にまで言及することもまた異例です。
さらに、この重大な結果を風化させず、このような悲劇が繰り返されないよう、今後の防災対策に活かされるべきとのメッセージを発しました(前文の5行目~6行目)。
ご遺族の方々の願いがこれ以上ないくらい伝わります。
そして、この前文を踏まえ、和解条項の本文にて、幼稚園側は亡くなられた園児やご遺族の方々に謝罪しました。
和解でなければ、少なくとも裁判手続において、このようなメッセージが発せられたり、謝罪の意が明確に示されることはなかったでしょう。
このように異例に付された前文に着目すれば、ご遺族の方々が、なぜ、あえて和解に踏み切られたのかが、私なりにこれ以上ないくらい理解できます。
まとめ
この裁判では、教育機関や雇用主等が、その預かる人をどのように自然災害から守るべきか、すなわち自然災害における安全配慮義務について、裁判所の考えが示されました。その意味で、幼稚園はもちろん、人を預かる様々な立場の方の法務に大きな影響を与えるものです。
もちろん、園児の方々が亡くなられたという事実に着目すれば、幼稚園の安全に対する意識そのものにも大きな影響を与えたといえるでしょう。
そのような意識の高まりにも応えられるよう、これからも尽力しなければなりません。
編集後記
1月22日、政府が2015年度のこども園への補助金の水準を引き上げることを決めたとの報道がありました。新制度に移行すると減収を招くことを理由に認定の返上も相次いでいたようですが、果たしてこれを食い止める起爆剤となるでしょうか。注目されます。