平成30年3月13日、名古屋市の幼稚園が、園庭南側で進められている高層マンションの建築の禁止を求める仮処分を名古屋地方裁判所に申し立てました。
ここに限らず、園の隣地で古家が解体され高層マンションが建築されれば、日照の悪化等同じ悩みを抱えることになるでしょう。
裁判所の判断が注目されます。

 

概要

ある事業者が、園庭南側の土地を取得し、15階建マンションの建築工事を始めました。

工事を始めるにあたり、事業者と幼稚園で協議の場が設けられましたが、結果として物別れに終わっています。

幼稚園は、「マンションが建築されれば、園庭はほぼ1日中日影になり、園児らが心身に受ける被害は甚大だ。」等主張しています。

 

「受忍限度」を超えるかどうかで決まる

裁判所がこの申立を認めるか否かは、マンション建築による日影等の不利益が、幼稚園の「受忍限度」を超えるか否かによります。

「受忍限度」は「我慢の限度」

「受忍限度」とは、一般人が、社会通念上我慢(受忍)できる程度のことです。
「ある程度まではお互い我慢しましょう。その我慢の限度を超えると違法になります。」ということです。

本件でいえば、マンション建築による日影等の不利益が、「我慢しましょう。」の範囲内なら、「受忍限度」を超えませんから、建築禁止の申立は認められません。

逆に、「我慢の限度を超えてます。」ということなら、日陰等の不利益は「受忍限度」を超えますから、申立が認められることになります。

この「受忍限度」の考え方は、日照のみならず、騒音、風害等が争われた数多くの裁判において用いられています。

「受忍限度」か否かの判断基準

では、この「受忍限度」はどのように判断されるのでしょう。

例えば、近隣住民が、保育園からの音(園児の声等)により精神的苦痛を受けたとして、慰謝料等を求めた事案において、裁判所は以下のとおり判断基準を示しました。

ちょっと長いですが、「諸般の事情を総合考慮して決める。」ということです。

侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度を比較検討するほか、当該地域の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考慮して、被害が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものかどうかによって決するのが相当である。

なお、同事例では、保育園からの音は「受忍限度」を超えないとして、近隣住民の請求は認められませんでした。

 

「幼稚園の公益性・公共性」はどこまで考慮されるか

本件で注目されるのは、幼稚園の「受忍限度」に「幼稚園の公益性・公共性」が考慮されるのか、考慮されるとしてその程度です。

「幼稚園の公益性・公共性」とは、要するに、幼稚園が子どもの健やかな成長や学びの場としての社会的役割を果たすことが期待されているということです。

これが重く考慮されるなら、例えば「子どもの健やかな成長には充分な日照が欠かせないので、マンション建築による日影は、成長の場としての役割を担う幼稚園にとって、その『受忍限度』を超える。」として、建築禁止の申立が認められる可能性もあります。

保育園の事例では考慮するか否か判断が分かれた

これが注目される理由は、先ほどの保育園の事例における、裁判所の態度にあります。

すなわち、先ほどの保育園の事例では、地方裁判所、高等裁判所ともに、保育園の音は近隣住民の「受忍限度」を超えないと判断しました。
ただ、その過程で、地方裁判所は「保育園の公益性・公共性」を考慮しなかったのに対し、高等裁判所はこれを重く考慮したのです。

地方裁判所は、「保育園の公益性・公共性」を「受忍限度」の判断に考慮するかについて、以下のとおり消極的な態度を示しました。

保育園が一般的に有する公益性・公共性を殊更に重視して、受忍限度の程度を緩やかに設定することはできない。


これに対し、高等裁判所は、以下のとおり積極的な態度を示したのです。

受忍限度の程度を判断するにあたっては、このような保育園の有する公共性・公益性も考慮要素となり得る。

 

本件で「幼稚園の公益性・公共性」は考慮されるか

先ほどの保育園の事例では近隣住民の「受忍限度」が問題とされました。これに対し、本件では幼稚園の「受忍限度」が問題となっているので、事例としては若干異なります。

ただ、裁判所は「受忍限度」の判断にて、「被侵害利益の性質と内容」を挙げています。ここに「幼稚園の公益性・公共性」を考慮する余地があります。「被侵害利益の性質と内容」として、公共の利益を盛り込むのです。

また、「名古屋市中高層建築物の建築に係る紛争の予防及び調整等に関する条例」は、以下のとおり定め、幼稚園等の学校に日照を確保することへ積極的な姿勢を打ち出しています。

第7条(教育施設等の日照)
中高層建築物の建築主等は、当該中高層建築物の建築により、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において、学校教育法第1条に規定する学校(・・中略・・)に日影となる部分を生じさせる場合には、日影の影響について特に配慮し、当該中高層建築物の建築の計画について、当該施設の設置者と協議しなければならない。

これらに照らすと、「受忍限度」の判断に「幼稚園の公益性・公共性」が考慮される余地は十分にありそうです。

「受忍限度」の判断には、その他諸般の事情が考慮されますが、ここにどこまで「幼稚園の公益性・公共性」が考慮されるか、最終的な裁判所の判断とともに注目されます。